2014.2.10衆議院予算委員会議事録<岡田克也>

岡田委員 岡田克也です。

先ほどの海江田代表に引き続いて、集団的自衛権の問題を中心に議論したいというふうに考えています。

そこで、まず、きょうはテレビも入っておりますので、集団的自衛権とは何か、このことから入っていきたいと思いますが、集団的自衛権とは、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する国際法上の権利である、これは確立された解釈かと思います。

もう少しわかりやすく言えば、同盟国、米国が攻撃されているときに、日本自身が攻撃されていなくても、米国とともに武力で反撃する、そういった権利であるということかと思います。

そこで、この問題について、基本的なことをまず総理にお聞きしたいと思うんですが、まず、憲法九条の根幹というのは一体何になるのか、総理はどういうふうに御理解されているでしょうか。

安倍内閣総理大臣 憲法の九条について言えば、まさにこの九条ができたとき、憲法ができたのは国連が発足した後でございまして、この憲法九条に似た条文が国連憲章にもあるわけでございますが、いわば、我が国は、憲法九条によって、侵略戦争は行わない、つまり、日本の武力行使について基本的に禁じているものであるというふうに理解をしております。

岡田委員 憲法ができたときだけではなくて、その後、さまざまな議論がこの国会を中心に行われてまいりました。

私も、初めて当選したとき、自由民主党におりましたけれども、国連平和協力法、それから、アメリカで九・一一のテロがあって、テロ特措法、そのときは私は野党側の責任者でありました。安倍総理は官房副長官。いろいろ御相談したこともありました。

こういった一連の流れの中で、我が国として貫いてきたのは、海外において武力行使しない、憲法九条の解釈として、海外において武力行使しないという、この一線を貫いてきたというのが、私は、戦後のこの国会の、あるいは日本国の歴史だったと思うわけです。

今回、集団的自衛権を行使する、もしこれを認めるということになれば、海外において我が国が武力行使をするということに当然道を開くことになるわけです。それだけ大きなことだ。

もちろん、総理がおっしゃるように、それは、国際情勢、我が国を取り巻く安全保障環境が大きく変わっています。そのことはわかりますけれども、同時に、我が国が海外において武力行使できるようになるという、戦後のずっと貫いてきた武力行使しないという考え方を大きく転換する、そういう問題であるという、極めて大きな問題であるという認識は総理にはおありになりますか。

安倍内閣総理大臣 先ほど、憲法九条の本質について、武力行使しない、若干舌足らずだったんですが、つまり、日本の武力行使には通常の国と違ってさまざまな制約がかかっているという意味において、基本的に武力行使をしないということでありまして、その中において、九条の解釈については、九条の中に自衛隊の存在も書いていないわけでありますし、先ほど申し上げましたように、個別的自衛権、もちろん集団的自衛権もそうなんですが、そのことも書き込んではいないわけでありまして、つまり、その中で、砂川判決は、生存権そのものを否定しているわけではないということで、自衛隊の存在自体が合憲になったわけでございます。

そこで、今、安保法制懇において議論がなされていることは、国際情勢が大きく変わっている中において、一国のみにおいて自国の平和と安全を守ることはできない、国際社会と協力して地域や世界の平和を確保していくことが不可欠である、このような観点に立って安全保障の法的基盤を再構築していく必要があるという認識のもとに、安保法制懇において、集団的自衛権と憲法との関係、そしてまた、あるいは集団安全保障と憲法との関係、その中において、武力行使ということではありませんが、いわば、武力行使ではない武器の行使ということについて、海外での武器の行使についての議論をしているところであります。

それと、いわば、武力行使に至らない、防衛出動による武力行使に至らない段階における我が国防衛のあり方について、マイナー自衛権と言われているものでありますが、例えば潜没潜水艦が領海内に入って徘回を続け退去しないときに、どう排除することができるかということも含めて、そうしたものも今議論しているわけでございますが、その中で、今、先ほども申し上げたわけでありますが、まさに九条との関係においても議論をしているところでございます。

岡田委員 安保法制懇でさまざまな問題について、集団的自衛権以外も、集団安全保障もマイナー自衛権も議論しているということは承知をしております。

私は、そういう説明を聞いたのではなくて、我が国が戦後、海外において武力行使しない、そのかたい決意のもとに憲法九条を解釈し、そして今日まで進んできた、そこを変えることになるということは、それはいろいろ議論はあるでしょう、しかし、国としての大きな政策転換である、そういう認識は総理におありになりますかということを私は聞いているわけです。

安倍内閣総理大臣 いわゆる海外における武力行使ということについてでありますが、この議論も今までずっと行われてきたわけでございます。

いわば、基本的には、海外における武力行使ということについては、例えば日本がミサイル攻撃を受けたときに、その策源地を攻撃することができるかどうかということについては、これはかつての船田答弁があるわけでございまして、そこをたたくことはできるというのは、これは憲法上許されるという答弁があるわけでございますが、しかし、その中において、我々、従来から、海外においては、いわゆる武力行使ということについては、武力行使はできないという考え方をとってきているわけでございます。

そして、今回、我々、安保法制懇で議論していることについて言えば、これはかなり個別具体的な話をしているわけでございます。

例えば、PKOにおいて、PKO活動というのはこれは武力行使ではそもそもないわけでありますが、そこで一緒に海外に駐屯している、一緒にいる部隊がテロリストに襲われた際、救助を申し出られたときに、この海外の他の国の部隊を救出することができるかどうかということでありまして、救出する際には武器の使用ということも当然必要になってくるわけでありますがというような議論をしているということでありまして、我々が海外に出ていってどこかの国を攻めるとか、そんなことは全く、もちろん議論そのものもしていないわけでございます。

その中において、例えば、一体化の問題であります。一体化の問題について、燃料等を戦闘中の国に給油するということについては、これは一体化するというふうに言われているわけでございますが、そういう一体化とか、そういうことについての議論をしているわけでございます。

海外における武力行使というと、イメージとして、いきなり自衛隊が海外に出かけていってどこかの国を攻めていくというイメージを持たれるかもしれませんが、今議論していることは、そんなことは全く議論をしていないということは申し上げておきたい、このように思います。

岡田委員 総理、私の質問に対して端的にお答えいただきたいと思うんです。

具体的に法制懇で今議論している個別のことについて、私はお聞きしているのではありません。それはまさしく法制懇で御議論されているという総理の御答弁もありました。ですから、そのことに私は踏み込んで今聞こうとは思いません。基本的な考え方のところを総理と議論したいと思って、今この場に私は立っているわけです。

もう一つ、総理、気になることがあるんですが、先週の参議院の予算委員会で、我が党の大塚議員の質問に対して、自国と密接な関係にある外国というのは、同盟国アメリカのみを指すのではなくて、より幅広いものだという答弁を総理はされています。これは具体的にどういうことなんでしょうか。

アメリカとは日米安全保障条約によって同盟関係にあるわけですが、それより幅広いということになると、例えば経済的に密接な関係のある国、そういったこともこの集団的自衛権の対象としてお考えだということでしょうか。

安倍内閣総理大臣 先般私が答えたのは、大塚議員が、集団的自衛権についての国際的な定説としての解釈について、解釈についての解釈において同盟国という言い方をしたものでありますから、そうではない、密接な関係のある国だというふうに申し上げたわけでありまして、それが定説だということは、これは岡田委員も認められるんだろう。私はそのことを申し上げたわけであります。

集団的自衛権というのは、同盟国というふうにこれは定義をしているわけではなくて、密接な関係にある、こういうことでございます。

岡田委員 集団的自衛権というのは、武力行使を正当化する、違法性を阻却するという話ですから、もしその対象が非常に広がっていけば、これは勝手に武力行使できるということにもつながりかねないわけで、私は、総理が思っておられるほど幅広く認められているというふうには考えていないわけであります。

私は、もう一つ総理にお聞きしたいのは、今、憲法解釈を変えて集団的自衛権を認め得るかどうかということを議論しているんだと思うんですけれども、そこで言う集団的自衛権というのは、集団的自衛権一般を憲法解釈の変更によって認めるというお考えに総理は立っておられるんじゃないかと私は思っているわけですね。そして、あとは法律でその集団的自衛権を行使できる具体例あるいは範囲というものを規定していけばいい、そういうお考えでしょうか。

安倍内閣総理大臣 九条との関係において言われているんだろうと思いますが、いわば九条における制約というのは、さきに答弁したように、個別的自衛権についても九条の制約はかかっているわけでございます。

懇談会においては、憲法九条においての制限をどう考えるかについてまさに議論をしているわけでございまして、今ここで私が結論について申し上げることはできませんが、安保法制懇においては、繰り返しになりますが、いわば、自衛権の中で個別的自衛権と集団的自衛権に分けて考えているわけでありますが、個別的自衛権においても、これは九条における制約がかかっている、であるならば、当然、これは集団的自衛権においてもかかっているだろうという議論が当然行われているわけでございます。

この九条の制約についてどう考えるかということがまさに大きなテーマとして議論になっている、こういうことでございます。

それとともに、先ほど岡田委員が海外での武力行使等々についてお話しになったわけでありますが、公海についてどう考えるかということもあるわけでございまして、ミサイル防衛のため日本近海の公海上で警戒に当たっている米軍のイージス艦が攻撃を受けた場合に、我が国はこのイージス艦を現在は守ることはできないわけであります。

これははっきりと申し上げておかなければいけないわけでありますが、ミサイル防衛のため日本近海の公海上で警戒に当たっている米軍のイージス艦が攻撃を受けた場合、我が国はこのイージス艦を、日本はまだ攻撃を受けていない場合ですよ、我が国の事態になっていない場合、我が国が攻撃を受ければこれは共同対処していくわけでありますからできるわけでありますが、そういう場合は我が国はこのイージス艦を守ることができないわけでありますが、それでよいのか、こうしたことについてまさに議論をしているわけでございます。

岡田委員 総理、私の時間も限られておりますので、安保法制懇で今こういう議論をしているという個別のことを私は聞いているわけじゃありませんので、ぜひ質問にお答えいただきたいと思います。

そこで、個別的自衛権を我が国憲法九条は認めているということでありますが、条文上、総理もおっしゃるように、個別的自衛権を認めるとは書いていない、憲法九条について。しかし、それはやはり例外的に、九条は武力の行使を禁じているけれども、例外的に自衛権の発動としての武力行使が認められるというのは、これは確立した解釈だと思うんです。

それはなぜかといえば、やはり我が国の責務として、我が国国民の生命や財産あるいは権利が外国からの武力攻撃によって失われようとしているときに、それを防御することは国としての最低限のこれは責任である、そういう考え方に立ってこの個別的自衛権が認められているというふうに、これは確立した解釈だと思うわけですけれども、それでは、集団的自衛権の場合には、我が国の国民の生命や財産や権利が直接外国によって侵害されている、侵略されているということではありませんね。

では、どういう理屈でもって、憲法の禁じている武力行使の例外として集団的自衛権をお認めになるんでしょうか。総理のお考えをお聞きしたいと思うんです。

安倍内閣総理大臣 今私が申し上げたような例、先ほど申し上げましたように、公海上においてミサイル攻撃に対して警戒中の米国のイージス艦が攻撃を受けた際に、例えば日本の艦船、特にイージス艦であれば防御力が高い、このイージス艦がその攻撃から守ることができるかどうか。

現在では守ることができないという解釈がなされているわけでありますが、これは密接な関係以上の同盟国でありますが、そうなった際には、これは同盟国としての関係自体が極めて危うくなるわけでありまして、直ちにその後起こるかもしれない我が国に対する事態に対する共同対処そのものがこれは毀損される危険性があるということであれば、これは事実上我が国に対する攻撃と同じように考えるべきではないかというような、そのような議論がなされているわけであります。

また、例えば、北朝鮮の有事の際に、北朝鮮が例えば米国を攻撃したとします。その際に、いわば国際社会において経済制裁を行うというときに、北朝鮮に向かって武器弾薬が運ばれている、その武器弾薬を我々は、その輸送を阻止できる状況なのに阻止しなくていいのかどうかということ、これも議論になっているわけでありまして、それはつまり、それが運び込まれて、いわば、まさに我が国事態になるかもしれないということの中における議論でもあるわけであります。

そういう中において、かつてのように、遠い時代であれば、いわば、そういうことについて日本の能力もそもそも期待されていない中においては、そのことによって日米同盟が毀損されることはないわけでありますが、そもそも、そのことによって日米同盟は毀損されるという可能性も高いし、そして、先ほども申し上げましたが、まさに海あるいは空というのは、世界が、それぞれの国が生きていく上において公共財でありまして、こうした公共財を守るための義務というのはどういうことがあるのかということについても、やはり議論をしているわけでございます。

岡田委員 今、総理は多分二つのことを一緒に言われて、やや混乱していると私は思うんです。

一つは、個別的自衛権の行使に並ぶような、そういうような事案。つまり、日本国民の生命財産が外国からの侵略によって損なわれようとしている、これは個別的自衛権ですね、それに並ぶような事案について集団的自衛権を認める余地がそこにあるんじゃないか。これは、確かにそういう議論は私はあっていいと思います。もちろん、集団的自衛権という構成にするのか、あるいは、一時期、法制局も認めていた個別的自衛権で認めるのか、そこは議論がありますけれども、そういう話が一つ。

もう一つ総理がおっしゃったのは、いやいや、いろいろなことをしないと日米同盟が壊れちゃう、そのことは日本にとって大変なことだと。

これはちょっと次元の違う話ですね。日米同盟が壊れかねないような事態についてはやはり集団的自衛権を行使して一緒にやらなきゃいけないんだというのは、それは、本当に壊れるかどうかというその議論も必要ですし、日本国民の生命財産に直結するものではありませんよね。

だから、その二つのことを一緒にして議論しているというのは、私は非常に混乱していると思うんですが、いかがですか。

安倍内閣総理大臣 二つ目の例、余り本当は国の固有名詞を挙げない方がいいんですが、多少わかりやすく話をするために北朝鮮という例を挙げたわけでありますが、これは全く日本に関係ない事態ではなくて、まさにこれは日本に波及するかもしれない事態の中において米国に対する武力攻撃が発生したという前提でございます。

つまり、その武力攻撃の発生の仕方も、いわば、そういう、日本に対しての武力攻撃が起こるかもしれないという中において米国に対する武力攻撃が発生して、その過程において、さらに武器弾薬が北朝鮮に運ばれようとしている。それをいわば目と鼻の先において我々は例えば日本海の海上において阻止しなくていいのか、阻止できなくていいのか、そういう議論でございますから、これは必ずしも余り遠く離れた議論ではありませんが、いずれにいたしましても、我々が行っている議論については、基本的には、日本とかなり密接不可分な事態について類型を挙げながら議論をしているわけであります。

そこで、いわば、我々がそれを別に見過ごしてもこれは日本の安全あるいは国民の生命財産にはかかわらないということになれば、これは、もちろん、そもそも政策的選択肢でもないし、あるいは、この法的根拠をつくっていく上において、根拠法をつくっていく上においてもそれは当然排除されていくでしょうし、そもそも、その解釈の中において、委員がおっしゃったように、最初の例においてはそういう議論をする必要があるでしょうということをおっしゃった。つまり、そういうことはあるでしょうという、必要があるでしょうという議論に我々は絞りながら議論を行い、そういう範囲内において果たして認めることができるかどうかというような、そういう議論がまさに行われているということでございます。

岡田委員 私が先ほどから申し上げているのは、集団的自衛権の行使というもの全体を憲法解釈の変更によって認めるということになれば、それはやはり全く今と違う状況になりますよということを申し上げているわけです。

いろいろな、日本の安全に直接かかわるような事態について、個別事案に即して議論し、本当に必要だということになった場合にそれがどういう概念で整理されるのか、そういうアプローチならいいんですけれども、まず憲法解釈で全ての集団的自衛権を認めます、あとは法律でやりますということになると、それは今までのこの国のありようそのものが変わるような議論になるわけで、あとは法律で規制するということだけになってしまうので、そこは私は、やはりアプローチとして違うのではないかということを申し上げているわけです。

もう一つ、では、戦力不保持、九条二項ですね。

九条二項で、戦力を持つことを禁じております。ここは、自衛隊が違憲かどうかということについての国会における長い議論がありました。私は、自衛隊の皆さんには本当に気の毒だったと思います。今の政府の確立した解釈は、自衛権の行使のための実力組織は、これは二項に言う戦力ではない、そういう解釈だと思うんですね。

しかし、もし広く集団的自衛権を認めるということになれば、それはやはり、防御的な実力組織だけではなくて、一般の戦力と何ら変わらなくなってしまう。そうすると、九条二項の今までの解釈を変えるということに私はならざるを得ないと思うんです。九条二項というものの意味がそもそもなくなってしまう。あるいは、九条二項を厳格に解釈すれば、それは持ってはいけないものを持つということにもなる、そういうことになると思うんですね。

ここの九条二項の戦力不保持との関係をどういうふうに総理は整理されているんですか。

安倍内閣総理大臣 まず、最初の議論について、二つに分けられましたけれども、大体、私がどちらについて申し上げているかということは雰囲気でわかっていただいたと思うんですが、まだこれは安保法制懇において議論をしておりますから、今私が結論めいたことを申し上げることはできないわけであります。

これは、基本的には、今までの積み上げの答弁もあるわけでございますから、そして、その中で国民的な理解を得ながら解釈を考えていくということであるということでありますし、再々申し上げておりますように、個別的自衛権においても、既にこれは九条において制約がかかっているわけでありますから、常識的に、では集団的自衛権でそれが外れるということというのはないであろう、そういう議論が有力ではないか、こう思うわけでありますが、今の段階で私が、これはあくまでも安保法制懇に議論はお任せをしているということでございます。

そして同時に、今おっしゃった、まさに九条の二項について、これは戦力の不保持、これは前項の目的を達成するためのということでありますが、ここは、この二項についての制約をどう考えるかということについても議論がなされているということでございます。

岡田委員 ここに持ってきたのは、武力の行使に関する国際的な整理であります。

国連憲章第二条の四は、加盟国の国際関係における武力の行使を原則として禁止しております。しかし、それに対して例外を設けているということで、国連の集団安全保障措置、これは後ほど時間があれば議論したいと思います、それから個別的、集団的自衛権、この二つについては違法性が阻却される、こういうことになっているわけであります。

この一のところの集団安全保障は後ほど議論したいと思いますが、もし総理が集団的自衛権を全面的に日本国憲法が許容しているというふうに解釈を変えようとしているということであれば、この個別的または集団的自衛権ということで、日本国憲法が禁止しているのは一体何なのか、九条で禁じられているのは一体何なのかという議論になると思うんですね。

今までの解釈は、日本国憲法九条が禁じているのは集団的自衛権の行使とそして侵略戦争であった。(パネルを示す)これ以外だと違法な戦争しかないわけですから。ですから、集団的自衛権を全般的に認めるということになれば、それは、日本国憲法九条が禁止しているのは侵略戦争だけだということになって、これはほかの国の一般の憲法と何ら変わらなくなるということですね。

そういうふうに総理は踏み出そうとしておられるんですか。それは非常にある意味で大きなことだというふうに私は思って、質問しているわけです。

安倍内閣総理大臣 集団的自衛権については、政府は、一貫してお答えをしておりますように、国際法的にはその権利はあるけれども、日本の憲法によって行使については禁じられているという考え方であります。権利があって行使はできない、国際法と憲法という違いはあるわけでありますが。

そこで、先ほど、これは繰り返しになるわけでありますが、個別的自衛権においても必要最小限という、これは制約がかかっているわけでございますし、その中の制約において、我々はいわば自衛隊の存在というものを合憲だということで、今や国民全体の共通の認識になっているわけでございます。

そこで、先ほど来何回も質問をいただいておりますが、基本的には、そこで制約がかかっているわけでありますから、いわば自衛権全般にかかっている制約があるわけでありますから、当然それは制約としてはかかっているというふうに考えるべきだろうと思います。

その中において、国際環境が変わっていく中において、それは、まさに個別自衛権の行使を認める、つまり、自衛隊の存在を認める際のあの砂川判決において、これは、日本の、我々の生存を否定しているものではない、それが憲法が要請するものではないという基本的な考え方のもとにおいて自衛隊は合憲ということになったわけでございますから、いわば、この個別的、集団的自衛権の行使につきましても、そういう観点から、今、個別的に事例を挙げながら議論を行っているということで御理解をいただきたい。

そして、最終的に、この安保法制懇による議論を経た後において、与党で協議をし、そして、法制局を中心として解釈について政府として判断を示したい、このように思うところでございます。

岡田委員 あと、集団的自衛権の行使というのは、実はかなり限界は曖昧な概念だというふうに思うんですね。

例えば、ソ連はハンガリー動乱の際にハンガリーに武力行使しました。それは集団的自衛権ということで説明をいたしました。アメリカのベトナム戦争もそうです。ニカラグアの内戦のときのアメリカの軍事介入も同じです。つまり、正当な集団的自衛権の行使であるという事例というのは、実は余り、どれが正当な事例、集団的自衛権の行使なのか不行使なのかというのは非常にわかりにくいわけであります。

あるいは、アメリカ自身が、もし集団的自衛権で、先ほどの例でいって、同盟国、アメリカが武力攻撃を受けていて、日本がそれを排除するためにアメリカと一緒に武力行使するということで考えたときに、アメリカが武力衝突に至ったそのプロセスですね。

例えば、アメリカ自身は、みずからの国益が損なわれたら、みずから先制的に武力攻撃するということを認めている国。そうすると、そのアメリカの行為が違法な行為なのか、それとも正当な行為なのかということも、これははっきりしない事例というのは幾らでも私はあり得ると思うんです。

そういうときに、根っこの、米国が攻撃されている事態に至った経緯についてはっきりしない中で、日本がアメリカとともに武力行使するということは、これはある意味で大きな危険を日本自身が抱え込むことにもなりかねないと思うんです。そういったことについて、総理はどう考えておられますか。

安倍内閣総理大臣 今我々が議論をしていることは、今、岡田さんが事例として挙げたようなことをやろうとしているわけでは全くないわけでございます。

つまり、我々が議論していることは、先ほど申し上げましたように、朝鮮半島の情勢が厳しい情勢になってきたときに、ミサイルが発射されるかもしれないという可能性のある中においてアメリカの艦艇が警戒に当たっていて、その艦艇に対する攻撃を自衛艦が阻止できなくていいのかどうかということ等々についての議論を行っているわけであります。

そこで、これは、集団的自衛権というのはまさに権利であって、義務では全くないわけでありますから、つまり、権利が、今まで法制局において、国際法的には権利はあるけれども、憲法上行使できないという解釈の中において、さまざまな、今おっしゃったような行為でないことについても、我が国の例えばシーレーンを防衛する上において、米国の艦船と日本の艦船がある種共同作業的にシーレーン防衛をするということについての日々の作業についても、これはさまざまな障害が発生をしているのも事実でございます。

そして、同時に、集団安全保障においても我々はさまざまな制約を課してきているわけでございまして、先ほど申し上げましたように、駆けつけ警護はできない。逆の場合は助けてもらうわけでありますが、こちら側は助けることができないということになっていく、それで果たしていいのかどうかという議論でございますし、また、そもそも、先般成立をいたしました自衛隊法の改正によって、邦人を陸上で救出する際にも、もし、これは安全にならなければ救出には行けませんが、しかし、事態は変化しますから、変化する事態の中において邦人が再びテロリストによって包囲されたときに、その人たちを助けることができなくなってそれでいいのかどうかという議論もあるわけでございます。

そうしたことを含めて、憲法との関係において議論を深めているということでございます。

岡田委員 総理、恐縮ですけれども、テレビを見ておられる方に、よりわかりにくくしていると思うんですね、総理の答弁は。例えば、今の駆けつけ警護というのは、これは集団的自衛権の話じゃないですよね。集団安全保障の議論でしょう。ですから、そういうふうに答弁を広げて言われると、論点がだんだんぼかされてしまうわけです。

総理は、昨年四月二十三日の参議院予算委員会で、侵略の話について、侵略の定義は定まっていない、国と国との関係で、どちらから見るかで違うという答弁をされました。これはこれで一つ波紋を呼んだ答弁なんですが、総理御自身も、侵略なのか、あるいは正当なる武力行使なのかということのその範囲がはっきり定まっていない、それは見る目によって違うんだというお考えをお持ちであれば、ますますこの集団的自衛権について、これは慎重に考えていかなくてはならないということになるんじゃないでしょうか。

私は、議論することを拒むものではありません。しかし、集団的自衛権全般を認めるというふうに一旦内閣の解釈が確定してしまうと、それはあとは法律でどうにでもできるということになりますから、そうではなくて、もし議論の必要があるのであれば、集団的自衛権と今分類されているものの中で、具体的にこういうことについてどうなのかという、そういう問題の立て方をしていくべきだと思うんです。

ですから、全般について認めるものではないということを総理がはっきり言われれば、私はより生産的な議論になると思うんですが、いかがでしょうか。

安倍内閣総理大臣 先ほどは、一番最初に、安保法制懇の中で議論していることについて御説明をしたわけでございますが、先ほども、例として、専ら集団的自衛権の議論だけをしているのではないということをお話をさせていただこうと思いまして、これは集団安全保障の中における海外での武器の行使、武力行使ではなくて武器の行使についての必要性の議論についてのお話もやっているんだということを御説明しようと。これは何も、混同させようとしているわけでは全くないということは申し上げておきたいと思います。

これは、先ほど来、私の議論で大分、ある種、ここで私が議論についてこうだということを申し上げるのは控えさせていただきたいと思いますが、している議論については、基本的な方向としては、これは、まさに我が国と密接にかかわりがあるという、その事態、事態がかかわりを持ってくるという事態の中における個別的な事例について、我々は今、安保法制懇において議論をしているわけでございまして、基本的には、岡田委員が御懸念しているように、我々が、これはどんどん、いわば変更によって何でもできていくというような、例えば、米国が集団的自衛権の行使として行うようなことを日本がやるのかといえば、それは全くそんなことはないということは申し上げておきたい、このように思います。それは、何といっても九条があり、二項があるわけでありますから、その中での集団的自衛権の行使の可能性について議論をしている。つまり、相当これは限定的に議論がなされているということは申し添えておきたい、このように思います。

なぜ私が今ここで明確なことを言わないのかといえば、それは、今まさに議論を専門家の皆さんにお任せしているということでございます。

岡田委員 問題は、憲法解釈をどう変えるか。もちろん、我々は変えないという選択肢も持っているんですけれども、全般的に、集団的自衛権全体を認めるというふうになれば、それは、総理がやらないとおっしゃっていても、次の内閣が法律を改正してできるということになりかねませんから、憲法解釈で集団的自衛権を認めるとおっしゃるのであれば、どのような根拠で、どのように解釈を変えて認めるのかというところまできちっと議論しないと、これは国会での議論にもならないということですよ。

一内閣が、海外で武力行使しないという我が国が戦後貫いてきたこの方針を変えるということですから、その中身について、単に、解釈を変えました、あしたからは集団的自衛権が全体的に認められるんです、そういうことはあり得ないということを申し上げておいて、私の質問にかえたいと思います。

終わりたいと思います。

安倍内閣総理大臣 全体的に認めますということはないということは申し上げておきたいと思います。